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公式LINEではアナウンスさせていただきましたが

こどもたち(おおむね10歳くらいから18歳くらいまで)のおしゃべりルームを

無料提供します。


ちょっと、ライスワークの就業時間、日が未定のところがあるので、しばらくは、公式LINEなどでお問い合わせの上、日程調整させてください。


zoomを使ったリモートおしゃべりを基本としますが

ご近所の方(わたしは、現在、岡山県の早島町在住です)はご自宅とか、どこかレンタルスペースを借りて、とか

(使用料が必要な場所などでおしゃべりする場合は、場所代は割り勘しましょう)


おしゃべりの環境設定も、安心できる形でできればと思います。


親御さんとか、ご一緒でも、良いですし、慣れたらマンツーマンでも良いですし。お任せします。


できれば、日常的におしゃべりできたら良いなと思っています。溜め込まずに、気軽におしゃべりしましょう。


特に、方向性を知りたい場合、自分の中から出てくる方向性を一緒に拾っていきたいと思います。


どうぞよろしくお願いいたします。


大人の皆さまも、引き続くサポートをよろしくお願いします。

必要な子どもたちと繋がれますように。


令和5年11月22日 にしけん

ぼやっとしたのにしてみた

今日の夕陽も

ガッガチに

寒かったぜ笑

その分

光の輪郭が爽やかだった

あなたの魂の羅針盤

にしけんのおしゃべりルーム

にしけんです

こんばんゎ。

お風呂でふたつほど

思い及んだので

また

ここに置いときます

必要な方

使ってやってください

まずはふたつ目

(なんでだよ)

(ひとつ目からいきなさいよ)

(この記事はアメブロに書いたものをそのまま持ってきています。「ひとつ目」が気になった方はこちらのアメブロ記事をご覧ください)

人生の計画には

シンプルなことを言うと

ありがとうを言われる人と言う人

ごめんなさいを言う人と言われる人

はたまた

傷つける人と痛みを知る人

みたいに

あらかじめ

場面場面で

役割を決めて

ここに降りて来てます

感謝する人とされる人

くらいなら

どっちの役割でも良いんですけれど

傷つける人と痛みを知る人

なんかは

どっちもやだよね笑

けれど

経験をするために

ただそのために

降り立ってきてる

ていうことも言えるから

プログラムが発動したら

そこから経験して

学んでゆく

善悪や

正しさと間違いや

そういうジャッジは

そこには関係がなくて

傷ついた人は

ひとに優しくできるチャンスが生まれるし

傷つけた人は誰かに謝る機会を得られる

役割のその後のリカバーは

誰にでも

勇気があればできる

行動っていうのは

それだけ尊いものだと思う

人生のプログラムについて

記憶がない状態で生まれてきて

それでも

いろんなヒントから

人は次のステージや行動、困難を乗り越えたり、輝きを放ったりするんだわ

ただ

あとから

これでよかったのか

などと思うのもニンゲン。

ほんとは

ヒントがあろうとなかろうと

あとから振り返ろうと後悔しようと

プログラム通り進んでるんだけれども

忘れた記憶って

やっぱり取り戻したいやん

だから

みんな

星を読んだり

カードに聞いてみたり

自然から直感を得たり

チャネリングしてみたり

香りからビジョンを得たり

音で調整したり

整体で身体を調えたり

いろんな試みをして

いまの出来事になんの意味があるのかとか

過去のトラウマからどんな祝福を得るのかとか

未来はどっちに進めば良いのかとか

使命はなんなのか

とか

取り戻したいわけよね

だから、こういう人生だったのかー

このハッピーのためにこんな経験をせざるを得なかったのねとか

いま、ここから、こういう方向性に導かれるのは

この使命のためなのか

ずっと思い描いてる理想は

絵空事ではなかったんだ

みたいなね

さきの

役割分担は

魂の遊びだし

同窓会だと思うのよ

そして後のは

その遊びのために

いまどっちに向かうべきなのか

いやどっちに向かおうか

てことを知るためだと思うのよ

ぼくが

自身のことを

羅針盤や方位磁針みたいに言うのは

やろうと思えば

星のことを話したり

カードを引いてみたり

水から直感を得たり

香りも

音も

整体も

平均点くらいはできると思うんだけれど

そこの総合力を

おしゃべりで

目の前の人の口から、または言葉から、はたまたそのほかの表現力から

引き出されるものを

見るのが得意だからなんだよね

たまたま

星を読む専門性よりも

相手の口から出てくる答えに対する興味が異常に高いだけなのよね

話家さんのような

ぼくがおしゃべりをする上手さじゃなくて

相手が、話し出す答えを、逃さまいと聞いてるだけの人なんだよね

(大文句を掲げながら、書き上げながら、「聞いてるだけの人」かよ笑笑)

誰にでもできることじゃないし

人それぞれが忘れてる記憶を取り戻すわけやから

大変な個性だと思います

魂の遊び

魂の同窓会をする前には

これまでの方向性がどうだったのか

いまここの方向性はどうなのか

はたまた

ここから未来はどっちに向かおうか

ご自身の持っている答え

ぽろっと

口にしてみませんか?

はなから薄々わかってたことをハッキリと口にするかもわかりませんし

予想もしない斜め上からの答えが自分の口から出てくるかもしれません

はたまた

口にしたことをきっかけに

後から後から芋づる式に暮らしの中で目から鱗が落ちるやもしれません

魂の遊びと同窓会の前に

おしゃべりルームで

おしゃべりしてみませんか?

なんか今回は

結局終始CMになってしまった気もしますが笑

魂の遊びの前には

おしゃべりしとくと

納得して

不安なく前に進めますよ

の話でした。まる。

例えば、未明に

夢の中に居て

そのときの自分って

コントロールできたり

できなかったりするやん

ぼくの場合は

羽を広げて鳥みたいに飛んでるときは

自分である程度コントロールすることができるけど

今朝みたいに

北斗の拳のような世界線で

愚連隊に針で刺されるようなシーンでは

ほとんどのシーンをコントロールできない


あ、シーン(場面)をコントロールできないのか笑

身体は動かせるから


あれ


なんでこんな話にしたんやったっけ

現実の方がコントロールできないや笑


ちょっとわからなくなったけど続けるね

(続けるんかい!)


夢の中では

ゲームの中の登場人物みたいに

わりと

俯瞰した位置から

自分を見てる


ここは逃げなきゃ

とか

これは大海原に飛び立つでしょうよ

とか

次の方向性を決める


主人公の感覚もある

ジェットコースターでは

胃がキーってなるし

羽ばたいている時は風を感じる

刺されそうなときはヒヤッとするし

けど

実際に刺されたときは大丈夫な気がするな

あれはなんでなんやろか

感覚を遮断するんやろか


ほら

また

なんの話やったかわからんなった


けどまあ、続けるね笑


おしゃべりルームの考えたときに

どんな人が来るのかと想像したら

自分が自分に語りかけるひとが来るんだと思ったんよ


自分が自分を俯瞰して

自分が自分に語りかけようとするひと


独り言でもできると思うんやけれども


目の前に

鏡の人が居た方が

思わぬことを発見できると思うから


そういうひとが来てくれてると思います


今更だけど


自分が自分に語りかけたくて

自分で自分を発見して

また自分の居る世界線で活躍してくる


少し発展したら

はたまた行き詰まったり

理解が追いつかなかったら

再び自分が自分に語りかけるために

おしゃべりルームを訪れる

ドラクエで言うと

回復する泉だったり

ジョブチェンジする神殿だったり

そういう場所なんだと思う


にしけんのおしゃべりルーム


自分の居る世界線を

進めたり

発展させたり

再構築したり

次の世界線に向かうとき


そんな節目節目で

ご利用くださると

良いのではないかと思います


もちろん


回復の泉でもありますので

日々のメンテナンスにも

ご利用ください


それではまた

ルームで

写真は、以前、ご機嫌さんでばあちゃんちの前の坂を下るおじさんの図です。笑


2022.11.7(月)今日は天赦な日だということで、伸び伸びにしていた、にしけんをレンタルしますよ、を公開します。

エネルギー(料金)システムはメニュー欄をご覧くださいませ。基本的には、他のメニューと等価となっています。よろしくお願いいたします。


さて、レンタルについての、利用する側と利用される側、的なエピソードをご紹介します。


まず、利用する側としてですが。

もう何年も前になりますが、ぼくがサーフィンを始めた頃、日本海(鳥取近辺)のポイントや周辺の様子を知らなかったときに、当時の行きつけのショップで、オーナーの姐さんに相談しました。

そしたら、それこそ、適切でパーフェクトな、おにいちゃんをサポートに紹介してくれました。

なんと、初対面の知らないおにいちゃんと、前泊の車中泊を含め、二人で鳥取サーフに出ました。

しかも、彼とは、後にも先にも、そのとき一緒に行ったきりで、その後は年に一度くらい、台風の折に連絡をくれたりするくらいで、会ってません笑

元気であろうことは知っています。

丁寧で、ワイルドなおにいちゃんでした。日本海の風波は、一瞬にして、波なしに変わったりするのですが、その日も、時間を追うごとに波はなくなり、つまりは、人が居なくなり、貸切の湖で笑パドルとポジショニングをみっちり鍛えてもらいました笑


その一日半ほどの体験は、いまだに覚えています。こんな良い奴が居るんや、と思いました。まさに、サーフィンを通しておしゃべりして、体験を共有し、その後のぼくの波乗り人生に、大きなエネルギープッシュをもらいました。


いまだに、彼に教えてもらった、海でのポジショニングのとり方を使って、海中に居ますから。

もう10年以上前の話です。


次に利用される側のエピソードを。

これも、波乗りに関します。

(たまたま思い出したので)

(他のエピソードも何かの時に触れますね)

地元の同級生に誘われて、いつもの大好きな土佐清水の大岐海岸を案内したときの話です。

彼は、当時赴任先のアメリカから、休暇で実家に帰ってきていました。

本場の西海岸でロングボードに乗る彼は、日本で・・・四国の大岐は初体験で。

板は持って帰ってなかったので、現地で借りることにしました。ウェットも借りたんやったかなー、ちょっと忘れた。

四万十にあるショップと大岐とその周辺をアテンドし、いちにちだけでしたが、おおらかな大岐を満喫しました。

波数が少なかったので、海の上で、たくさんおしゃべりしました。

あのときの気持ちよさや、大好きなビーチを紹介できたことが、彼とまた行けないかなあと、季節ごとに思い出します。

一人のビーチも良いのですが、仲間とのコミュニケーションサーフも良いもんです。

その後、何度か彼から、日本に帰ってくるときに連絡をもらいましたが、あいにく、もう一度行ったかな?くらいです


さて、

結果、彼らのおかげで今の自分がある・・・とまでは一般的には言えないのかもしれませんが、確実に、彼らの存在のおかげで、自分には変化がありました。

ふたつのことは、初心者が、海に向かう勇気と、友と分け合う体験の豊かさ、でした。


彼らのその後の活躍もきっとあったことだと思います。

独立心の強い猫たちは、たまにお便りをくれるものですから。


商いとしては、サブスクで、何度もリピートしてくれるのが嬉しいですけれど、一期一会の体験も大事にしたいと思います。


思い立った吉日に、ご連絡くださいね。あなたの人生の何かのきっかけになればと思います。


2022.11月吉日 にしけん

これは、アメブロに書いたことなんやけど

大事なことなので

そのまま

こっちにも置いとくね。

写真の

左のフィッシュは10年?以上?まえに

うちに来てくれたひと

黄色い幸運のフィッシュ。

右のエッグは思案して…何年も思案して、入荷するのもなかなか無かったんやけど…ついこの春先にうちに来てくれたひと

肩で風を切るようなクワッドのエッグ。

真ん中は

最後まで右のエッグとどっちにしようかなと迷ったF-Rocket。

めちゃくちゃ技量を差し引いても笑笑

身に余ると思ったので

素敵な色でしたけどやめました。

次回、縁があれば。

この表は

ドリームマップみたいなもので

サンタを待つ子どものように

トイザらスのチラシみたいに

壁に貼ってたし

エッグが来てからも

今も眺めるの好きやから

部屋に貼ってある笑笑

今日は

よろこびの交差点

ていう構想を以前から持っていて

今しがた浮かんできたことがあるので

またここに置いときますね笑

ぼく個人としては

サーフショップを中心とした癒しのお店をしたいと思ってます。

パタゴニアの板があって

各種サーフグッズがあって

エッセンシャルオイルのリアル店舗にもして

安心して話せる個室のセラピールームがある

安心して施術を受けることのできるお部屋

ミーティングルームでは

数人の小集団には余分なほど

一人ひとりの距離を十分に取れるスペースが使われる

グループワークや

ちょっとしたお話会もそこでできるだろう

もちろん、リモートでのミーティングも気軽に始めることができる

そんな拠点がしたい

個人的にはそんな感じ。

ぼくの基本的なことで言うと

サーフィンから受けることのできた恩恵を

シェアできるような空間がやりたい

それは、ぼくのこれまでの体験であり、世界との接点だったから。

個人個人でもちろんやりたいことは違うと思う

スポーツを通じて何か伝えたいことがある人もいるだろうし

作品を展示して何か発表したい人もいるだろうし

学術的な研究の場を作りたい人もいるだろう

とにかく

ぼくは

海、波、太陽、砂浜、海洋生物、気候、サーフボード、etc.…

そういうものの恩恵をたくさん受けてきたし

それを喋りたくてしょうがないからw

価値観を同じくするような人や

これから何か始めたい人に

触れていきたいと思う

特に

サーフボードは

なんかわかんないけど

思い入れがあって

サッカーやってる時の

スパイクに対するこだわりや愛情とよく似てて

伝えきれないものがあるかもわからん笑

発泡スチロールやガラスウール、エポキシみたいな、すげー化学なもの…発泡スチロールなんて、それまで、ただただ魚のトロ箱のイメージやったゎ笑笑…から、あんな、体験ができるなんて

ほんと奇跡みたいなことやと思うから

(なんのこっちゃ)

それから

海水のもたらす

これまた奇跡のような癒しや

太陽のエネルギー

砂浜に足裏を通じてアースされる身体

全体の体験が素晴らしいので

シェアしたいなと思う

だから

ぼくの

地球をデザインし直すための

やりたい個人的な活動って言うのは

とりいそぎ

そういうことになる。

みんな、それぞれあると思う。

で。

ひとりでは

発想が狭くなるし

できないこともあるし

アイデアが頑固になって

なかなか進展が無くなることが多々あるから

やっぱり、違う風を入れたい

そういう意味もあって

おしゃべりルームでは

人それぞれの価値観や体験に触れたいなと思うん。

あわよくば協働したい

って言うてるのは

なにか、共通することがあったり

そっちも面白そう、とかって

得て不得手を交換したり補い合ったりすることができることがあれば

すっげーおもろいやろうなとも思うから

集散し続ける

プロジェクトチームになるのに

おしゃべりルームを

使ってもらえたら嬉しいです。

ということで

よろこびの交差点 構想

おしゃべりルーム

同じ価値

等価

実践する場所

作戦練る場所

そんな感じ。

今日は

2つは等価なのよ

てことが言いたかった

サーフショップは

まだ

かげもかたちもないけどね笑笑

良き地球をデザインしたい。


そう思う人が増えたと思います。かくいう私もその一人です。

プロジェクト的に協働し、集散し続けるコミュニティがあればいいなと思っています。


おしゃべりルームでは、内容は「進路相談」だったり、「カラーセラピー」だったり「悩み相談」なのですが、そのコミュニケーションの中から、お互いの実現したいプロジェクトが見出され、あわよくば、そのまま協働できてもいいなと思っています。


交流は、お互いに無い視点を運んできてくれます。


愛に基づく地球にしていきたいと思います。





以下、影響を受けた代表的な文献を載せておきます。


↓↓↓


「アミ小さな宇宙人」シリーズ

     (エンリケ・バリオスさん著、さくらももこさん絵)


「アナスタシア」ロシアの響きわたる杉シリーズ

     (ウラジーミル・メグレさん著、岩砂晶子さん監修)


「アルケミスト」夢を旅した少年

     (パウロ・コエーリョさん著)


「シッダールタ」ヘルマン・ヘッセさんシリーズの中から。


アミは、全体的な宇宙の流れを知ることや、長いスパンでの、自分の行く末を見るにはいいと思います。長期的な視点から世界を変革する気持ちになりました。


アナスタシアは、実務的で、現在の世界で現実可能な方法論を実践するにはいいと思います。実践する中から、自身のスタイルが確立されると思います。


アルケミストは、砂漠の文化を通した、錬金術の理解が理解が深まります。


シッダールタでは、ブッダを通じて、自然や世界の豊かさに触れることができます。アジアにする私たちには馴染みやすい物語だと感じます。随分と以前に読みましたが、私にとっては、人生の入門書といったところです。

人物像を時系列で書き始めたから

ここも時系列で行ってみよう


◯ ヤマハ エレクトーン検定8級

 小学校の時に習ってました。8級って誰でも取れるので、書くほどのことでは無いのだけれども、自分の音楽に対する原風景でもあるので、あえて。

 音楽教室のコンテストに出たことがあって、後にも先にも、一度だけ、山陽地区大会の「フェスティバル賞」という誉れをいただきました。ジミースミスのThe cat を弾きました。渋い小学生でしょ?Right?


◯ サッカー部キャプテン・生徒会長・学年トップの成績

 中学校の時の話です。柄にもないことをやりました。やばかったです。ヤンキーに憧れた、田舎の優等生でした。高校以降、陰キャの劣等生になりますが、自閉傾向の少年が、社会と接点のあった、頑張った時期です。


◯ G大阪のユースのセレクションで最終選考(5次選考?やったかな?)に残る

 小中高とサッカー頑張りました。プロになりたくて、中学校の終わりにセレクション受けまくりました。他のクラブは、箸にも棒にもかからんかった。最終選考はドキドキしたけど、会場の吹田の練習場に行ってみたら、レベチのマラドーナみたいなのを見てしまい、否、自分以外の全員がレベルが高杉で、自分には一生関係の無い世界だと感じました。打ちのめされました。


◯ 文化祭で予選を通過し、中庭でバンド演奏した

 高校に入って、かねてからしたかったバンド活動を始めました。卒業とともに解散しますが、ニルバーナのコピーバンドをしてました。グランジ全盛期ですね。その最初で最後のギグが文化祭でした。予選はとても充実したのですが、本番では、中庭というオープンスペースで失敗しまくって、黒歴史に最大の汚点を残しました。直後、何日か?学校を休んだ記憶があります。ひきこもりの原体験ですね。


◯ 学生結婚。授かりました。

 都会に出て、バンドマンになって生活していこうとぼんやり思っていましたが、高校の時のメンバーが奇跡の出会いだったことに気づいたのと、自分の才能のなさに打ちひしがれて、人生の迷子になりました。

 が、しかし!光が来ました。家族が増え、子育て、社会人生活が始まる!いきなり生きるエネルギーフルパワーで稼働。


◯ 父の事故と障がいへの興味

 20代前半、慣れない都会での生活をしてたら、田舎の父親が事故からの脳挫傷からの高次脳機能障害となりました。脳科学や精神福祉、また、その支援について、アメリカと日本の違いに愕然とし、うちのめされました。


◯ 親友の自殺未遂と精神福祉への興味

 父の事故と同じくして、親友が過労で倒れ、脳にウイルスが侵入、半身麻痺に。入院先で自殺を考え屋上に上がるも、麻痺の身体では柵を超えられず、断念。死にたい時に、人は死ねない悲しみ。

 職場の先輩が向精神薬の多量摂取で自殺未遂、別の先輩が、飛び降りで亡くなる。周囲でたくさんの人のメンタルが崩壊していく様子に気づき・目の当たりにしてゆく。


◯ 自身のメンタルヘルスの崩れ、うつ病体験

 30代前半、周囲で起こっていたことが自分の身に。患者として、クリニックの様子や病欠を体験。当事者が、世の中でどう扱われ、自分がどう感じるのかを意識した。

 人生で1番苦しかったのは、この半年間に集約された、といった体験。


◯ 精神福祉から精神世界への興味へ

 人生を変えたくなった。 

 以降、「良い」と聞くものについて、何でも受けてみる時期。身体から、不要な電気を抜いてもらったり、ADHDに有効な体操を毎日してみたり、波動についての講義を受けてみたり、エッセンシャルオイルを使い出したのもこの頃だし、ヴィパッサナーの瞑想合宿にも行った。ソマティックエナジェティクスの施術を受け始めたのもその頃、イギリスにスピリチュアルツアーにも行った。グラストンベリーでUFOを見たし、乗せてもらった。活字を一生分読んだと思うのはこの時期だ。


◯ 障がい福祉に没頭。ピアとしての支援。

 30代後半から40代へ。仕事は、当事者体験でもある障がい福祉分野に移行。作業所、地域活動支援センター、グループホーム、放課後デイ・・・得意は貧困層やそのほかギフテッドたちの才能を見出すこと。

 一支援員から始まり、管理職、老舗から新規立ち上げ、スタッフの教育や、地域との折衝、役場の活かし方・・・いろんなことを体験しました。たくさんの人に迷惑をかけまくった時期。破壊と創造。


◯ 世界の価値観を変えたい思いが芽生える

 「よろこびの交差点」という構想が芽生える。このことについては、どこかでまた触れます。


過去の様子はそんな感じです。

 


中年のおじさんです。

小学校時代、楽しくなかったけど、エレクトーンを習いました。

小中高と部活動でサッカーをしました。

中学ではキャプテン、生徒会長もしました。成績は優秀でした。いわゆる優等生でした。

高校では、進学校に、居ましたが、落ちぶれました。サッカーとバンド活動がよりどころでした。

都会に行きたくて、田舎から、都会の夜間大学に進学しました。が、ほぼ学校には行ってません。

そんなこんなしてたら、学生結婚、一女一男に恵まれ、急遽社会人になりました。長女が生まれたのは、自分が二十歳の時です。

そのころは地方自治体で生活保護のケースワーカーを割と長くしました。

そんなこんなしてたら、田舎の父親が、交通事故で高次脳機能障害となりました。

その頃から、脳科学や精神科疾患、精神世界に没頭しました。

そんなこんなしてたら、自分がうつ病の精神科の患者になりました。青年期の暗黒時代の到来です。

仕事は父の事故の後数年して、公務員は辞め、地元に帰りました。仕事は、いわゆる履歴書に書き切らないほど、沢山の業態・業種を経験しました。

最近で言うと、障害福祉関連の事業所にて働いた期間が長いです。業界で言うところのサービス管理責任者や児童発達支援管理責任者と言う業種です。


父は、数年前に脳梗塞を発症し、右半身の著障?全廃?にて要介護5となりました。よわい70を超えてきました。


結婚は2回、離婚は2回。今は、父を介護する母をサポートするかたわら、おしゃべりルームを開設しました。いわゆる80-50問題も視野に入ってきました


ぼく自身は障がい手帳は取得していませんが、発達障害でしょうし、自閉だろうと思います。現代の世の中には、なかなか居ないギフテッドだと思います。


ここからはポジティブなことを書きましょう。

人を含め、生き物を癒す才能があるようです。

人の才能を見出し育むことも才能でしょう。

適材適所とは簡単に言いますが、現代社会のルールの内側では、才能が眠り続けている人がたくさん見られます。ぼく自身もこれからといったところでしょう。


何しろ、1番ポジティブな要素は、地球を個人からデザインし直したいという情熱の持ち主だということです。


きらきら輝き始める人たちと協働して、よき地球をデザインしていきたいと思います。

2022.夏至の頃